1月3日は戊辰戦争開戦の日、由来と雑学を紹介【今日は何の日?】

戊辰戦争開戦の日今日は何の日
1月3日の「今日は何の日?」は「戊辰戦争開戦の日」です。
また「戊辰戦争開戦の日」にちなんで「戊辰戦争の戊辰ってどういう意味?」「大政奉還は戦争をしないために行われた」など戊辰戦争にまつわる面白い雑学を紹介します。

今日は何の日?

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1月3日は戊辰戦争開戦の日

今回は「戊辰戦争開戦の日」について解説していきます!
なぜ1月3日が「戊辰戦争開戦の日」の日なのかというと、1868年1月3日に戊辰戦争が開戦したことが由来となっています。

1868年1月2日には旧幕府軍である1万人が京都に向けて進軍を始めました。
旧幕府軍を迎え撃つのは大政奉還後の新政府軍であり、薩摩藩や長州藩、土佐藩による軍勢が中心となっていました。

旧幕府軍の兵力が1万人だったのに対して、新政府軍の兵力はその半数である5千人程度しかいなかったそうです。
1月3日には鳥羽街道を北上していた旧幕府軍が、鳥羽小枝橋付近に布陣していた新政府軍と接触し、この日この時をもって戊辰戦争が始まってしまいました。

戊辰戦争は一般的に鳥羽・伏見の戦いから始まって、翌年の五稜郭の戦いまでを差しますが、この1月3日に起こった戦いを鳥羽・伏見の戦いといいます。
数では圧倒的だった旧幕府軍でしたが、最新の装備を整えて近代戦術で迎え撃った新政府軍にはなすすべもなく劣勢を強いられました。

そして、翌年の五稜郭の戦いで本当の意味で江戸幕府の長い歴史に終止符を打つこととなりました。

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戊辰戦争の雑学

今回は「戊辰戦争開戦の日」にちなんで「戊辰戦争の雑学」を紹介します。

戊辰戦争の戊辰ってどういう意味?

歴史で習う様々な戦争は「〇〇の戦い」のように主にその地名が戦いの名前の由来になっていますよね。
しかし、戊辰戦争の「戊辰」という地名はありませんし、なぜこの戦争が戊辰戦争と後に呼ばれるようになったのでしょうか。

実は戊辰とは「十干十二支」というものが由来となっています。
「十干十二支」は「じっかんじゅうにし」と読み、「十干=甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、「十二支=子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」となっていて、この十干と十二支を組み合わせてその年のことを呼称します。

同じ漢字の組み合わせを除けば60通りとなっていて、つまり戊辰戦争は十干十二支が戊辰の時に起こったことから、戊辰戦争と名付けられたのです。
戊辰戦争は日本各地で様々な軍勢同士が様々な戦いが行った、特定の地名や人名、軍勢などで戦いの名前を決めることが出来なかったということですね。

大政奉還は戦争をしないために行われた

皆さんも歴史の授業で確実に「大政奉還」について習いましたよね。
「大政奉還」とは江戸幕府が握っていた政権を15代将軍である徳川慶喜が明治天皇へと奏上した出来事ですね。

せっかく江戸幕府が政権を握り、鎌倉時代からずっと武士が政治の実権を握り続けていたのに、天皇へと政権を奏上してしまったのか。
実はその狙い日本国内の戦争を避けるためだったのです。

当時の日本は江戸幕府に不満を持っている人や、新しい日本を作ろうという動きが活発になって、国内の各地が荒れていました。
実はこの各地の混乱に乗じて外国が日本を植民地支配しようとたくらんでいたのです。

外国からの脅威が迫っている時に日本人同士で争って国力を落としてはいけないと考えた徳川慶喜は、大政奉還を行って、新政府軍と旧幕府軍が争う意味をなくし、戦争を回避しようと考えたんですね。
しかし、無情にも翌年には戊辰戦争が開戦してしまい、徳川慶喜の希望は叶いませんでした。

以上が戊辰戦争の雑学でした、いかがでしたか?

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