1月21日はライバルが手を結ぶ日、由来と雑学を紹介【今日は何の日?】

ライバルが手を結ぶ日今日は何の日
1月21日の「今日は何の日?」は「ライバルが手を結ぶ日」です。
また「ライバルが手を結ぶ日」にちなんで「坂本龍馬は実は暗殺されていない?」「坂本龍馬の先祖は明智光秀かもしれない」など坂本龍馬にまつわる面白い雑学を紹介します。

今日は何の日?

12月19日は…

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1月21日はライバルが手を結ぶ日

今回は「ライバルが手を結ぶ日」について解説していきます!
なぜ1月21日が「ライバルが手を結ぶ日」なのかというと、1866(慶応2)年1月21日に長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛らが土佐の坂本龍馬らの仲介で京都で会見し、倒幕の為に薩長同盟(薩長連合)を結んだことが由来となっています。

幕末のころには薩摩藩と長州藩は政治に対して大きな影響力を持っていましたが、そもそも薩摩藩と長州藩は犬猿の仲だったのです。
薩摩藩はどちらかというと幕府の開国路線を支持する立場にあって幕政改革を求めていました。

しかし、長州藩は攘夷論を唱えて幕府を倒して改革を成し遂げようとしていたことから、薩摩藩と長州藩ではもともとの考え方が全く違っていたのです。
そして、薩摩藩は攘夷論を唱える長州藩を会津藩と協力して京都の政界から追放しました。

1864年には長州藩が兵を起こして京都へと出兵する「禁門の変」が発生し、薩摩藩と長州藩は戦火を交える事となり、長州藩を撃退して敗走させました。
この事件もあって薩摩藩と長州藩は犬猿の仲になってしまったのです。

このような過去があるのにも関わらず、1月21日は土佐藩の坂本龍馬らの活躍によってライバル関係にあった薩摩藩と長州藩が同盟を結ぶという記念すべき日となったのでした。

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坂本龍馬の雑学

今回は「ライバルが手を結ぶ日」にちなんで「坂本龍馬の雑学」を紹介します。

坂本龍馬は実は暗殺されていない?

薩長同盟を結ぶのにあたって大活躍した坂本龍馬は近江屋事件で暗殺されてしまったことは歴史で習いましたよね。
しかし、実は坂本龍馬は暗殺されていないという説も残っているのです。

実は近江屋事件で暗殺されたのは坂本龍馬の影武者だったとされていて、坂本龍馬本人はグラバーの手によってスコットランドに逃げのびたとされているんです。
坂本龍馬の命の危険を察知した長州藩の伊藤博文が、グラバーに掛け合ってスコットランドへ行けるように手配してくれていたんですね。

坂本龍馬がスコットランドに渡った後に何をしていたのかはわかりませんが、後に岩倉使節団として世界を廻った岩倉具視や木戸孝允、伊藤博文がスコットランドを訪れた際には再開を果たしたとも言われています。

坂本龍馬の先祖は明智光秀かもしれない

坂本龍馬は武士としても身分の高い方ではなかったのですが、実は坂本龍馬の祖先は明智光秀だったという説があるんです。
明智光秀は織田信長を本能寺の変で討ち取った有名な戦国武将ですよね。

坂本龍馬の家系を辿っていくと、もともと坂本家は明智光秀の女婿であった明智秀満の側室の子である太郎五郎の末裔だとされているのです。
坂本龍馬の生家には「坂本城を守っていた明智秀満の末裔が坂本家」という伝承も残っていたそうです。

坂本家の伝承によると、坂本城が落城してしまった時に、側室の子であった太郎五郎は壷いっぱいの黄金をもって土佐へとのがれて、そこで暮らしたと言われています。
真偽の程は定かではありませんが、坂本龍馬については色々な逸話が残されているんですね。

以上が坂本龍馬の雑学でした、いかがでしたか?

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■今日は何の日?(1月21日)
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