相撲の雑学まとめ、相撲ファンにも知られていない意外な雑学。

日本の国技として知られている相撲ですが、実はあまり知られていない相撲の雑学があります。
「力士は車の運転をしてはいけない」「行司の掛け声で取り組みが始まるわけではない」「力士はまわしを洗わない」「昔の土俵は四角形だった」「土俵が女人禁制の理由」など、あなたはいくつの雑学を知っていますか?

相撲の雑学まとめ

力士は車の運転をしてはいけない

実は力士は車の運転をすることは全面的に禁止されています。
力士の番付によっては運転しても良いという情報もありますが、調べてみたところ現役力士は全員運転を禁止されているそうです。

なぜ車の運転を禁止されているのかというと、現役力士が過去に人身事故を起こしてしまったからなんですね。
現役力士による人身事故があったのは1985年のことであり、当時幕内だった力士が人身事故を起こしてしまったことをきっかけに、禁止されることになりました。

運転が禁止されているのにも関わらず、その後も事故を起こす力士が絶えないため、今後も運転禁止の規則はしばらく変わらないでしょう。
ちなみに、車の運転が禁止されているだけであり、免許を取得しに自動車学校へ通うことは許可されているようです。

行司の掛け声で取り組みが始まるわけではない

相撲の取り組みは行司の「はっけよい、残った!」の掛け声で始まると思われていますよね。
しかし、実は行司の掛け声は取り組みの開始の合図ではないのです。

普通のスポーツはホイッスルやゴングなどの音を合図にして競技を始めますが、相撲はお互いの呼吸があったタイミングで取り組みが始まるのです。
そのため、力士はお互いの呼吸を合わせるのに集中し、自分の呼吸だけではなく、相手の呼吸もよく観察しています。

少しでもタイミングがずれてしまうと、その立ち合いはやり直しになってしまうため、力士には相当な集中力が要求されます。
このように、お互いの呼吸で競技が始まるスポーツは珍しいそうで、海外の人から相撲が評価される点の一つとなっています。

力士はまわしを洗わない

まわしはどれだけ汗が染みこんでも、汚れても洗わないのが習わしとなっています。
これはゲン担ぎの意味が込められており、「水に流さない」ということから、洗濯はしないそうなんです。

また、まわしを洗濯すると、生地が弱くなってしまうこともまわしを洗わない理由の一つとなっています。
洗うことはしないそうですが、使用後には泥などを落として、天日干しをして汗などを乾燥させているそうです。

衛生面を考えて、アルコールなどを使って消毒することもあります。
例外的に、自分の師匠が亡くなった時にだけ、まわしを洗っても良いという風習もあります。

昔の土俵は四角形だった

昔の相撲はどちらかが動けなくなるまで投げ飛ばすというシンプルなものでした。
しかし、江戸時代になると、四隅に柱を立てて紐を張るというボクシングのリングのような場所で相撲を取るようになりました。

このリングのようなものが土俵の原型であり、昔の相撲の土俵は四角形だったんですね。
江戸時代の中期の頃には土俵は円形となり、設置方法も工夫されることにより、だんだんと現在の土俵へと近づいてきました。

土俵が四角形だったころは、角に追い詰められた力士が圧倒的に不利でした。
しかし、土俵が円形になったことによって身体をひねって逃げる事も出来るようになり、それまでとは違った相撲の面白さが見いだされるようになったのです。

土俵が女人禁制の理由

土俵は女人禁制だとされていますが、これは相撲がもともとは豊作を祝って神へと捧げる神事だったことが関係しています。
昔は豊作を司る神様に、屈強な男が相撲で力をぶつけ合う様子を見せて楽しませていたんですね。

しかし、豊作を司る神様が女性だったことから、土俵に女性を上げると神様が嫉妬するという理由から、土俵を女人禁制にしたのです。
そして、そもそも昔は女性が相撲を観戦することでさえ難しかったとされています。

理由は先ほどと同じで、相撲の場に女性がいると神様が嫉妬してしまうからだったのです。
そのため、女性の相撲観戦は千秋楽だけ許されていた時代もあったようです。

以上が相撲の雑学でした。


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まとめ

現役力士が過去に事故を起こしてしまったため、現役力士は車を運転してはいけない。
相撲の立ち合いは行司の掛け声によって始まるのではなく、力士同士の呼吸が合ったタイミングで始められる。
まわしは「水に流さない」というゲン担ぎや、まわしが弱ってしまわないように基本的には洗濯しない。
江戸時代の初期の頃の土俵は、四角形のボクシングのリングのような土俵だった。
相撲は豊作の神様へ捧げる神事であり、女性の神様であることから、嫉妬させないように土俵は女人禁制となった。